古い仲間と飲んだ——僕らのバブル歌謡大全

■僕が会社に入ったときの編集長が亡くなった。ずいぶん前に定年退職された大先輩で、70代半ばだそうだ。
 地下鉄を降り、寒風の吹く夕闇を衝いて坂を登る。ずっと以前住んでいた池袋西口近くにあるお寺へお通夜にうかがった。境内は暗い。たしかこのお寺は「首斬り朝右衛門(くびきりあさえむ)」として有名な山田朝右衛門の墓所じゃあなかったかな?
 慌ただしく焼香を済ませ、精進落としの別室に行くと、なんだか懐かしい面々がいた。
 僕がずっと仕えた元編集長、いっしょに辞めた同僚、部は違ったけど妙にウマのあった諸先輩がた。年の近い面々でずっと前に会社を辞めて一本独鈷(いっぽんどっこ)でやってる人たち。野良犬の先輩だな。もちろん今も会社で働いてる面々も。
 故人の昔話などしてるとつい思い出す。みんな20代から30代だった頃。90年代。多くは語るまい。今の若い人に読まれると恥ずかしい思い出しかない。今の若い人たちが効率を追求して無駄を極限まで省き、周囲の空気を緻密に読み、クレバーに生きているのと比べると、僕らの若い頃は無駄が多かった。その最たるものがバブル消費だったかも。楽しかった。すまん。


■お寺の向かいの居酒屋に場所を移し、かなり長いこと飲んだ。居酒屋は今風のPOS注文だったけど、近所の住宅街に住む人々が子ども連れで訪れるような、ファミレス代わりに使われるような気さくな店だった。
 故人には申し訳ないけど、このお通夜は同窓会みたいでなんだか楽しかった。というか、その前に僕らが参列してきた同僚のお葬式は悲しいものだったから、わりと天寿を全うされた感じの大先輩の式はちょっと気が楽だったのだ。
 悲しかったのは10年前の先輩のお葬式だ。定年退職して1年とちょっと、まだまだやりたいことが一杯あったのに、その先輩は亡くなられた。僕は何本か彼の企画を預かっていた。倒れられたとき、「原稿のことは全部彼に」と奥さんに言ったと、伝え聞いた。本当に悲しかった。僕はその年の夏、うつ病を発症した。関係あるのかないのかわからないけど。
 この編集部のOBはけっこう短命なのだ。マイペースで元気そうだった方や、「傷だらけの人生」が持ち歌だったユニークな方が、いずれも定年からしばらくして亡くなった。ほんとうに、ほんとうに残念なことだ。「僕はもうこれ以上先輩のお葬式に来たくないです。だから死なないでくださいね」なんて失礼なことをお通夜に来てた諸先輩に向かって言ってしまった。すみません。
 夜が更けて解散して、机を並べて働いていた面々でカラオケに行った。このメンバーでほんとによくカラオケに行った。90年代初頭のことでした。
 レパートリーは古い。僕は沢田研二勝手にしやがれ」を歌うのが好きだ。当時僕がこれを歌うといつも途中で演奏を切られた。やかましいからだ。アン・ルイス「六本木心中」は編集部のお姉さまの持ち歌。「北の国から」が好きな同僚がよく歌ってた尾崎豊「アイ・ラブ・ユー」をリクエストしたら照れて歌わなかった。ちぇっ。そのくせ先輩編集者(今も会社にいらっしゃいます)と一緒に少年隊「君だけに」をデュエットし始めた。ほんとは今日来てないもうメンバーがもう一人いるんだそーだが。光GENJIガラスの十代」は僕らよりずっと前に会社を辞めて今はフリーで活躍している元同僚の十八番。んー、こうして曲名書いてるとなんだかバブル歌謡大全って感じだな。


■フリーで活躍してる元同僚とは、ここで名前を書いたらけっこうみんな知ってる人だ。週刊誌に連載を持ち、著書は5冊になったそうだ。ロシアや中国と忙しく行き来してる様がTwitterでわかる。会社では僕の1年先輩だった。10年前に亡くなった大先輩は僕らの師匠で、彼が兄弟子、僕は最後の弟子だった。ちなみに亡くなった大先輩の十八番は「長崎の夜はむらさき」だった。
 社員としていっしょに働いてる頃、僕はこの先輩となんだかそりが合わなかった気がする。僕は失礼な後輩だったので、彼に向かって「違うんじゃない?」などと失礼な口の利き方をしていた。ほんとにすいませんでした。
 退社してしばらく彼の消息はあまり聞かなかったが、近年めきめきと目にするようになった。週刊誌の誌面、書店の新書コーナーなどで名前を見るようになり、Twitterが流行り始めたときは精力的な日本語と英語のツイートを目にした。中国の大都市から現地のサブカルチャーについてツイートする様は迫力があった。
 今回、その彼と超久しぶりにビールを飲み、以前はできなかったくらいはっちゃけた(主に彼が)付き合いができた。華々しい活躍の陰で彼が続けてる努力、業界の事情、やっぱり先行きは不安なんだよ、だけどやるんだよ、というフランクな本音を聞けた。
 なんだか、会社を辞めてからずーっとブラブラして、身体は楽なんだけどなんだか楽しめない、そんな気持ちがしていたのだが、それがスーッと消えた気がした。僕は自分でも気づかないけど、何かに萎縮してたみたいだ。それが解けたようだ。ありがとう。
 そろそろ失業給付をもらうだけの毎日におさらばして、働いてみようかな、なんて思ったりする。何をすべきかまだよくわからないし、仕事があるかどうかもわからないけど。こういう気持ちになったのはあなたのおかげです。ありがとう、XXXXさん。