映画「十三人の刺客」を見たよ

■ライムスター宇多丸さんが「シネマハスラー2010ベスト1」に挙げた「十三人の刺客」が都内の名画座でかかってることを知り、電車に乗って見に行った。三軒茶屋シネマ、私鉄沿線にしてはとても賑やかな街だが、その場末めいた片隅に建つ、とても風情のある古い劇場だった。


■冒頭、裃の死装束の男がいきなり切腹を始める。左手で短刀を脇腹に当て、右手を柄頭に添えて抉りこむ。ここから画面は腹部を外れ上半身を映すが、短刀が左から右の端まで動いたとわかる。ここで息を抜きたくなるが、画面外の短刀は再び左から右へと動き始める。「二文字かよ!」と見てる側は驚く。武市半平太は腹を三段に切ったというが、二文字でも立派なものだ。先の一文字が痛くて、次の一線は恐ろしく困難なはずだ。
 この武士役は終始無言で、腹部を映すことなく上半身だけで切腹を演じ切った。短いなかにも緊張溢れる、観る者を一瞬で引き込むスタートだ。


■この映画はこんな風に観る者の神経を逆撫でしつつ、画面に注意を集中させつつ、進む。そのものズバリを見せず、想像させ、観客が感じる痛みを倍加させる。いい感じだ。


■画面が変わると、夜の室内。身なりの立派な老年の武士。傍の燭台から薄っすらと煤煙が上がっている。ここで僕は「あ、これ作った人たちは凄く本気だ!」と思い知った。
 テレビではパキッと画面の明るい時代劇ホームドラマしか目にしない。それらは、画がわかりやすいと同じくらい筋もわかりやすい。陰影がない。そうじゃないものをこれからお見せしますよ、という宣言のような、挑戦的な画作りだった。
 さらに次のシーン、夕暮れの大川端で川面に立てた脚立?止まり木?に腰掛けて釣りをする壮年の武士。大小がそばの柱に掛けられている。僕はこうした江戸風俗を知らなかったけどこの本物らしさには痺れた。すごい、本気の時代劇だ!
 後の展開は思った通り、手応え見応え溢れるものだった。考証と美術(プロダクションデザイン?)は見てて楽しいし、台詞も重厚。役者たちの所作も美しい。日本映画の剣戟の伝統を引き継いだらしいケレンも交えつつ、楽しく映画は進む。


■仇役は端整な顔立ちながら凄惨きわまりない暴虐をふるう殿様。日本書紀が描く武烈天皇みたいな人。狂王を葬るために暗殺者が指名され、暗殺者は同志を募り、旅立つ。昔話の「桃太郎」と同じ構図ですね。鬼役も、犬・猿・雉の面々も、たいへん魅力的。
 あと、狂王に仕える男が桃太郎役と旧知の仲で、二人は若い頃からのライバルという設定。敵方にこちらと同じ力量の者がいる、ということで互角の知恵比べ・技比べが緊張をさらに高める。素敵!


■刺客団の面々のなかでとりわけ魅力的なのが、山田孝之(桃太郎役の甥)、伊原剛志(浪人で桃太郎の食客)、窪田正孝(少年の侍で天涯孤独、伊原の弟子)の三人。
 山田は目と立ち姿が美しい。ちょっとずんぐりしたスタイルが古風で、侍装束がよく似合う。伊原はスタイルが現代人ぽいなと思ったけど、乗馬も殺陣も美しくこなす。居合いを抜くシーンがありますが、この居合いが居合道的にどうなのかわかりませんが、素人目には十二分に鋭く殺気を放っていました。僕がいちばん好きなのが窪田。「ゲゲゲの女房」のアシスタント(後の池上遼一)役で顔を覚えた人ですが、1週だけ見せ場があって、清新な演技が気に入った人です。今回も見せ場があります。というか、刺客団の最年少でひ弱だというスティグマを負った設定が美味しい! 僕たちは彼の目を通して血みどろの戦場を目撃するのです。その大役をきちんと果たしてくれてます。
 
(写真はここから拝借。窪田クン好きな人多そうだなー。わかるよ僕も好きだよ)


■今どきの日本映画に期待してはいけない、期待すると必ず裏切られる。そう思い込んでいました。だから見応えのある日本映画に出会ったら、盲亀の浮木優曇華の花か、ともかくその僥倖に感謝せねばなりません。「SRサイタマノラッパー」「愛のむきだし」「ヒーローショー」とか本当に良かったし大好きになったんですけど、それ以上に日本映画を観るたび裏切られることにもう疲れていました。期待して観てて、なんで、ここでこうなるかなー!とか。あるいはテレビ局主導の、大宣伝するし公開館も多いから最初からヒットは約束されてるよ系の。そういう日本映画に疲れ果てていたところです。
 しかしこの映画は違った。丁寧に丁寧に作り込み、往年の名脚本に尊敬を払い、スタッフが各々の仕事に誇りを以て取り組んできたことが画面の端々から伝わってきました。
 
(写真はここから拝借)

 雨の泥道を馬を何頭も並べて駆け抜ける。まさに襲歩。危険なシーンだしお金もかかります。この1カットのためにみんながどんだけ頑張ったか伝わってきます。それが物語の起伏にぴったり合ってて、クライマックスに向けて気持ちが高ぶっていきます。観客の心は三池崇史監督に完全に支配されています。これです、この感じ。気持ちよく翻弄してほしい、映画ファンはいつもそう思っているのに、なかなかそういう作品と出会えないのです。


■そういう気持ちと力の込められたシーンを積み重ね、物語は鬼ヶ島にたどり着きます。味方に数十倍する数の鬼たちを鉄桶陣に追い込み、桃太郎たちがバーンと並んで姿を見せるとき、もう堰を切ったように涙が出てました。
 映画的エクスタシーっていうんですかね。本当に、ありがたい映画体験でした。
 この後の長い殺陣は、僕的には蛇足というかご褒美というか、うれしいけど、もうお腹いっぱいでしたけど。


■主役の桃太郎に当たる役所広司が、かなり現代人っぽかったのがちょっと残念でしたけど、そんなことこの作品における彼の功績に比べたら大した瑕疵じゃありません。みんな良い仕事してました。窪田クンは舞台挨拶で「この作品を“踏み台”にして」と言ってしまって爆笑されたそうですけど、善哉善哉、こんな素敵な作品を踏み台にしてこれからの役者人生を登っていく彼ら、本当に幸せじゃないですか?
 この作品は映画ファンにとってまさしく盲亀の浮木優曇華の花。ここで会ったが百年目、いざ尋常に勝負なさることをオススメします。